ノルマン人による征服(Norman Conquest)

英語の歴史に最も大きな影響を与えた大事件

 1066年1月、英国のエドワード懺悔王ざんげ(Edward the Confessor)が亡くなる。王には子供がなかったため、王位継承をめぐる争いが起こる。エドワード王の義弟ハロルド(Harold)がハロルド二世となり英国王に即位した。ところが、エドワード王のいとこにあたるノルマディー公ウイリアム(William)は、王の在位中に王位継承者として即位することを約束されていたため、王位継承権を主張して、9月に大軍を率いて英国に上陸した。ヘーステイングス(Hastings)の地で、ハロルド二世を倒し、クリスマスの日にウエストミンスター寺院で正式に英国王として即位した。ウイリアム征服王(William the Conqueror)の名を得る。ノルマン人の征服により、支配階級・上流階級はノルマン人で占められ、ノルマンディー地方(現在のフランス北西部)に住んでいたノルマン人の言語、フランス語(Norman French)が公用語となった。英語は小地主と農民・農奴の言語となった。以後約300年間、英語はフランス語との言語接触により、大量のフランス語彙を取り入れ、文法関係を表す屈折変化をほぼ失うことになる。
 もし歴史上、「ノルマン人による征服」のような大事件がなければ、現代英語はオランダ語やドイツ語と同じような言語であり、ゲルマン語の特徴を留めていたであろう。


ノルマン人による征服以降の英国・英語

 ノルマン人による征服以降、イギリス国王は、同時にノルマンデイー公を兼務し、大半をフランスで過ごした。ジョン王(在位1199-1216)は女性問題でフランス貴族と揉め事を起こし、1204年にノルマンデイ公国を失った。その結果、貴族の多くは英国かフランスのどちらかに帰属することを余儀なくされた。英国を選択した貴族たちはイギリス人としての意識が高まり、言語にも反映され、英語が復活し始めた。エドワード3世(在位1327-77)が王位継承権を主張し1337年にフランスに侵攻した。これが100年戦争(Hundred Year's War 1337-1453)である。結果的にはイギリスが敗戦したが、フランス語が敵国の言葉であることから、英語復権の原動力になった。この時期から、公文書の上でも英語が使用され始め、書き言葉レベルでの標準英語へと進んでいく。ヘンリー5世(在位1413-22)は、英語で公文書を作成することを提案したため、大法官庁(Chancery)の役割が重要しされるようになった。公文書の英語はChancery Englishと呼ばれ、標準英語の基礎となった。ウイリアム・キャクストン(William Caxton 1422?-91)が、大陸から活字印刷機を持ち帰り、英語の標準化に拍車がかかった。標準英語の成立が15世紀後半であり、15世紀から16世紀にかけて起こった大母音推移(Great Vowel Shift)から、1500年頃を中英語の終わりとする。

出典:小野隆啓(監修)『英語の構造』 (第9章 英語の歴史) 金星堂 2004. pp.232-233.


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